概要
鄧小平(とう しょうへい、1904年8月22日 - 1997年2月19日)は、中華人民共和国の政治家であり、中国の改革開放政策を主導した最高指導者である。毛沢東死後の中国を率い、社会主義市場経済体制を導入して中国を経済大国へと導いた。
基本情報
| 氏名 | 鄧小平(とう しょうへい) |
|---|---|
| 生年月日 | 1904年8月22日 |
| 死亡日 | 1997年2月19日(享年92歳) |
| 出身地 | 四川省広安県 |
| 政党 | 中国共産党 |
| 役職 | 中国共産党中央軍事委員会主席など |
生い立ちと革命活動
鄧小平は1904年、四川省広安県の地主の家庭に生まれた。1920年にフランスに留学し、そこで共産主義思想に接して中国共産党に入党した。帰国後は長征に参加し、抗日戦争と国共内戦で重要な役割を果たした。
政治経歴
失脚と復活
建国後、党の要職を歴任したが、文化大革命中に「資本主義の道を歩む実権派」として批判され、二度失脚した。しかし1977年に完全復活を遂げた。
改革開放政策
1978年から実質的な最高指導者となり、「改革開放」政策を推進した。経済特区の設置、外国資本の導入、市場経済の導入など、中国の近代化を主導した。
天安門事件
1989年の天安門事件では、民主化運動に対する武力鎮圧を決定し、国際的な批判を受けた。
主要理念
社会主義市場経済
「黒い猫でも白い猫でも、ネズミを捕る猫が良い猫だ」という言葉で知られる実用主義的アプローチで、社会主義体制を維持しながら市場経済を導入した。
一国二制度
香港とマカオの返還に際し、「一国二制度」の概念を提唱し、資本主義体制の維持を約束した。
遺産と評価
鄧小平は中国を世界第2位の経済大国に導いた指導者として評価される一方、民主化の抑圧については批判も受けている。彼の改革開放政策は今日の中国経済の基盤となっている。