ジャンプ漫画の皮を被った実存主義文学
『チェンソーマン』を単なるバトル漫画として消費するのは、あまりにもったいない。藤本タツキ先生が構築したこの世界は、少年漫画のフォーマットを借りながら、実存主義哲学を語る極めて野心的な試みだ。
『ファイアパンチ』で見せた容赦ない作風を、より洗練された形で昇華させた本作。週刊少年ジャンプという王道媒体で、ここまで挑戦的な作品が連載されたこと自体が事件だった。
悪魔システム:集合的恐怖の可視化
チェンソーマンの世界観の核心は、「恐怖が力になる」という悪魔のシステムにある。これは単なる設定ではなく、社会心理学的な洞察だ。
- 銃の悪魔:アメリカの銃社会への恐怖が生んだ最強クラスの存在
- 闘の悪魔:戦争への根源的な恐れの具現化
- 支配の悪魔(マキマ):自由を奪われることへの現代人の不安
この設定は、京極夏彦作品における「畏れ」の概念や、『蟲師』の蟲と人間の関係性にも通じる、日本的なアニミズム思想の現代的解釈と言える。
デンジ:ポスト・ヒーロー時代の主人公像
従来の少年漫画主人公を振り返ってみよう。
- 『NARUTO』のナルト:火影になる夢
- 『ONE PIECE』のルフィ:海賊王への野望
- 『僕のヒーローアカデミア』のデク:最高のヒーローを目指す
対してデンジの夢は何か。「食パンにジャム塗って食いたい」「女の子とデートしたい」。この徹底的に卑近な欲望こそが、逆説的に最も人間的だ。
これは『進撃の巨人』のエレンが「自由」という抽象概念に囚われていったのとは対照的。デンジは具体的で即物的な幸福を求め続ける。そこに藤本先生の、大きな物語への懐疑が読み取れる。
マキマ考:支配と愛の境界線
マキマというキャラクターは、日本のサブカルチャーにおける「ヤンデレ」や「メンヘラ」の系譜を汲みながら、それを遥かに超えた存在として描かれる。
彼女の「支配」は、ある意味で現代日本社会の写し鏡だ:
- 会社組織における従属関係
- アイドル文化における一方的な「愛」
- SNS時代の承認欲求と自己喪失
『新世紀エヴァンゲリオン』の碇ゲンドウや『DEATH NOTE』の夜神月が持つ支配欲とも比較されるが、マキマはより巧妙に「善意」の仮面を被る点で現代的だ。
第二部で深化する世界観
ジャンプ+で連載中の第二部では、アサ(戦争の悪魔・ヨル)という新たな視点から世界観がさらに掘り下げられている。「落下」「老い」「死」といった概念悪魔の登場により、人間の根源的な恐怖がより多角的に描かれるようになった。
関連作品への誘い
チェンソーマンの世界観に惹かれた方には:
- 『ファイアパンチ』(藤本タツキ):より過激で実験的な前作
- 『ダンダダン』(龍幸伸):元アシスタントによる、似た空気感の怪作
- 『呪術廻戦』(芥見下々):呪いという概念で恐怖を扱う同時代作品
- 『ドロヘドロ』(林田球):混沌とした世界観と暴力美学
少年ジャンプ+、単行本(集英社)、TVアニメ(MAPPA制作)で楽しめる。